「お雛様・木目込み」のお勧めは原 孝洲

●そもそも、お雛様って何?

3月3日のひな祭り、女の子のいるお家では、雛人形を飾って女児の健やかな成長や幸せを願いますね。

でも、よく考えてみれば、どうして雛人形を飾るのかよく分からないまま、風習に従って飾っている人も多いのではないでしょうか。

そもそもは、土や草、ワラなどで人の形を作った人形(ひとがた)や形代(かたしろ)と呼ばれるもので体を撫で、病気や悪運などの悪いものを人形に移し、川に流して厄払いとしていたことに由来します。

この行事は流し雛と呼ばれていましたが、同時期に貴族の子供などは、ひいな遊びというお人形を使った今で言うおままごとをして遊んでいました。

ひいなとは、紙などで作られたお人形のことです。

時が流れ江戸時代になると、人形作りの技術が発達して、あっさりと川に流してしまうには勿体ないほどに精巧なお人形が作られるようになり、お人形は大切に飾って愛でるものである、というように意識が変化していきました。

お人形は愛でて大切にするものという意識と、穢れを祓う行事が合わさって、女の子の幸せと穢れなき成長とを祈ってお雛様を飾るという行事に発展していったのです。

そしてこれらは、貴族や武士だけでなく、いつしか庶民の間にも広がっていきました。


●木目込み人形とはどのような人形か。

最初は草や土、ワラなどで作られていたお雛様ですが、現在では雛人形の種類として様々なものがあります。

中でも主なものは、「衣装着人形」と「木目込み(きめこみ)雛人形」です。

衣裳着人形は、言葉のとおり衣装を着た人形のことです。

通常、お顔と胴体は別の職人が作り、仕立てた着物をお人形の胴体に着せて作ります。

木目込み人形というのは、1700年代の江戸中期に京都の上賀茂神社で祭事用の奉納箱を柳で作った職人があまった木材で人形を作ったところ「加茂人形」として評判を呼び、これが江戸に渡り人気になったという歴史があります。

現在の木目込み人形は、桐塑(とうそ)という桐の粉末を糊で練り、乾燥させて固めた粘土を彫って形を作ったものに溝を作り、その溝に衣装の端をヘラで差し込んで着せていく方法で作られています。

溝に衣装の布地の端を差し込んで着せることを「木目込む」と言うことから「木目込み人形」と呼ばれるようになりました。

このように木目込み人形は一人の職人が型を制作し、その型に沿って衣装を木目込んでいくため、型と衣装には一体感が生まれ、また、制作した職人の創造性が活かされるため、一体一体に人形職人の特色が表れやすいのが特徴で近年人気となっています。


●原孝洲さんの作る人形の特徴。

前途の通り、木目込み人形には制作した人形職人の個性が表れやすいという特色があり、その世界に一つだけのお雛様であるという点が人気を呼んでいます。

私が大好きで、是非皆さんにもお勧めしたい女流人形師、原孝洲さんの雛人形。

孝洲さんは、自らの作る人形が他とどう違うのかと聞かれた時、「人形作りに込める思いが違います」と答えます。

原孝洲さんの人形制作にかける熱い思いはそれ程なのです。

幼少の頃から実父である人形師原米洲のもとで修業を重ね、無形文化財に指定された人形作りの奥義である胡粉仕上げのどこまでも白く滑らかな肌や、何種類もの墨の色で繊細な線を何十本も描く笹目技法で表現される目や眉の表情。

これらを修得した原孝洲さんの作る人形の基本は「赤ちゃんの表情」です。

細面、丸顔など、色々なお顔のタイプがありますが、どのお雛様のお顔も柔らかくて優しそうな、汚れのない赤ちゃんの顔なのです。

初代 原米洲さんは、人形の理想的な顔は仏様の顔にも通じる幼子の笑顔である、と言っていたそうです。

二代目の作る人形のお顔にもその理念はしっかり受け継がれており、澄んだ気持ちで純真無垢な赤ちゃんの顔を描くことがとても大事だと原孝洲さんは話しています。

お子様の健やかな成長と幸せを願って人形を飾り、皆で愛でるという日本古来の伝統行事をこれからも大切にしていきたいですね。

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